研修講師のための非言語と言語の不一致:受講者の本音と理解度を読み解く実践法
研修現場で生じる非言語と言語の不一致に注目する重要性
研修や教育の場において、受講者は講師の問いかけに対し、言葉で返答します。しかし、その言葉の裏に、建前や遠慮、あるいは無意識の本音が隠されている場合があります。この本音や真意は、多くの場合、言葉ではなく非言語サインとして現れます。受講者の言語表現と非言語サインが食い違う、いわゆる「不一致」に気づき、それを適切に読み解くスキルは、研修講師にとって受講者の真の理解度や心理状態を把握し、より効果的な研修を提供するために非常に重要です。
本記事では、非言語と言語の不一致とは何か、研修現場やオンライン環境でどのような不一致が見られるか、そしてそれをどのように読み解き、研修運営に活かすかについて解説します。
非言語と言語の一致・不一致とは
コミュニケーションにおいて、非言語メッセージ(表情、ジェスチャー、声のトーン、姿勢など)は言語メッセージ(言葉そのもの)を補強したり、置き換えたり、あるいは矛盾したりすることがあります。
- 一致: 非言語メッセージが言語メッセージを補強する場合です。「はい」と力強く頷きながら答える、「面白い」と笑顔で言うなどがこれにあたります。メッセージに説得力が増します。
- 不一致: 非言語メッセージと言語メッセージが矛盾したり、食い違ったりする場合です。「分かりました」と言いながら首を横に振る、「大丈夫です」と言いながら顔がこわばるなどがこれにあたります。この不一致は、多くの場合、言語表現よりも非言語サインの方がその人の本音や真意を強く表していると考えられます。これは、非言語サインが無意識的に現れる傾向があるためです。
研修現場において、受講者は講師や他の参加者に配慮し、本音とは異なる言葉を使うことがあります。例えば、理解できていないのに「分かりました」と答えたり、内容に飽きているのに「興味深いです」と述べたりする場合です。このような状況で、受講者の非言語サインは、彼らの真の理解度や感情を静かに物語っている可能性があります。
研修・オンラインで観察される非言語と言語の不一致の例
研修講師は、受講者の以下のような非言語サインと言語表現の不一致に注意を払うことで、彼らの本音や心理状態をより深く理解することができます。
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理解度に関する不一致:
- 言語: 「分かりました」「理解しました」
- 非言語: 表情が曇っている、目が泳ぐ、眉間にしわが寄っている、身体が講師から少し離れている、姿勢が前のめりにならない、資料を頻繁に見返す。
- オンライン特有のサイン: 画面越しの表情が険しい、チャットでの質問がないのに「理解しました」と発言する、画面オフのまま反応が薄い。 これらのサインは、受講者が言葉では理解を示しているものの、実際には内容についていけていない、疑問を感じている、あるいは自信がない可能性を示唆します。
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感情・心理状態に関する不一致:
- 言語: 「大丈夫です」「問題ありません」「楽しいです」
- 非言語: 声のトーンが低い・震えている、身体が硬直している、落ち着きなく動く、表情がこわばっている・引きつっている、腕を組んでいる。
- オンライン特有のサイン: ミュートを解除した時の声が暗い、カメラ越しに目が合わない、チャットでの発言が少ない、リアクション機能(もしあれば)を使わない。 これらのサインは、受講者が言葉では肯定的な状態を示しているものの、実際には不安、緊張、不満、あるいは飽きを感じている可能性を示唆します。
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関心・意欲に関する不一致:
- 言語: 「興味があります」「面白いです」
- 非言語: 身体の向きが講師や画面から少し外れている、頻繁に他のもの(スマートフォン、資料の別の部分など)に視線を移す、ペン回しなどの落ち着きのない動作、姿勢が崩れている、ため息をつく。
- オンライン特有のサイン: カメラがオフになっている、画面共有中に別のウィンドウを見ている気配がある(視線などで推測)、チャットでの反応が遅い・ない、他の参加者の発言に無関心な様子。 これらのサインは、受講者が言葉では関心を示しているものの、実際には内容に飽きている、別のことに気を取られている、あるいは参加意欲が低下している可能性を示唆します。
不一致を読み解く際の注意点
非言語と言語の不一致を読み解く際には、以下の点に注意が必要です。
- 複合的な観察: 単一の非言語サインだけで結論を出すのは危険です。複数の非言語サインや、時間経過による変化を総合的に観察することが重要です。
- 文脈の考慮: 研修内容、時間帯、参加者の背景、直前の出来事など、その時の状況や文脈を十分に考慮して解釈する必要があります。
- 仮説としての捉え方: 非言語サインの解釈はあくまで仮説です。「〇〇のサインが見られるから、もしかしたら理解できていないかもしれない」というように捉え、決めつけない姿勢が大切です。
- 個人の特性と文化: 受講者によっては、緊張すると身体が硬くなる、考え事をすると目が泳ぐ、といった個人の癖がある場合があります。また、文化的な背景によって非言語表現のスタイルが異なる可能性もゼロではありません(日本の研修講師向けであるため、過度に複雑な異文化論は不要ですが、一般的な配慮は必要です)。
- オンライン環境の制約: オンラインでは、オフラインに比べて得られる非言語情報が限定的です。顔の表情しか見えない、全身の動きは分からない、音声も劣化することがあるなど、情報の制約を理解した上で解釈する必要があります。
非言語と言語の不一致サインへの対応策(実践)
不一致サインに気づいたら、それを放置せず、適切な対応をとることが研修効果を高める鍵となります。
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直接的な問いかけ:
- 不一致サインを示している受講者に対し、決めつけることなく、ソフトに問いかけます。「〇〇さん、今の部分で少し難しかったところはありますか?」、「少し表情が曇られたようですが、何か気になる点がありましたでしょうか?」のように、観察した非言語サインを具体的に伝えつつ、確認する形で質問することができます。オンラインであれば、チャットでの個別メッセージや、ブレイクアウトルームでの確認も有効です。
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間接的な働きかけ:
- 受講者全体に働きかけることで、特定の受講者へのプレッシャーを軽減しつつ状況を改善します。「念のため、この部分についてもう一度別の角度から説明してみましょう」、「少し休憩を挟んで気分転換しましょうか」といったアナウンスは、不一致サインを示している受講者にとって助けになる可能性があります。オンラインであれば、簡単なミニクイズやチャットでの感想共有を促すなども考えられます。
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研修方法の調整:
- 不一致サインが複数の受講者に見られる場合や、特定のトピックで頻繁に見られる場合は、研修方法そのものを見直す必要があるかもしれません。説明のペースを落とす、別の説明方法を試す、演習やペアワークを取り入れる、具体的な事例を増やすなど、アプローチを変更することで、受講者の理解や関心を引き出すことができる場合があります。
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講師自身の非言語の活用:
- 受講者が不安や緊張から不一致サインを示している場合、講師自身が落ち着いた声のトーンで話す、安心感を与える表情をする、ゆったりとしたジェスチャーを用いるなど、自身の非言語コミュニケーションを調整することで、受講者の心理的な抵抗を和らげることができます。オンラインでも、声のトーンや表情は重要な要素です。
まとめ
非言語と言語の不一致は、受講者の本音や真の理解度を読み解くための重要な手がかりとなります。特に研修現場やオンライン環境では、受講者が建前でコミュニケーションをとることが少なくありません。講師は、受講者の表情、ジェスチャー、声のトーンといった非言語サインを注意深く観察し、彼らの言語表現との間に不一致がないかを確認する習慣を身につけることが推奨されます。
不一致サインに気づいた際は、それを仮説として捉え、受講者への直接的・間接的な働きかけや、研修方法の調整といった実践的な対応をとることが、研修効果の最大化につながります。非言語と言語の不一致を読み解き、適切に対応するスキルは、研修講師としての専門性をさらに高める上で不可欠と言えるでしょう。継続的な観察と、受講者への寄り添う姿勢を通じて、このスキルを磨いていくことが期待されます。